あくの猫  ⇔          


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‖ 止血拒否 ‖



ふと意識が途切れる。
ならばそれは戻るのも唐突だ。もう慣れた感覚。

「…犬?」
「あ、覚めたびょん?」
「うん…骸さまは?」
「部屋で休んでる」
「そうか…」

身に覚えのない傷が増えている。骨は折れていないが打ち身がたくさんで動かす のが辛い。

簡素なベッドはわずかな身動ぎにもギシギシと悲鳴を上げる。
その音がやけに響いて、耳障りで、なのに他に音は無くて、だったらもう寝返り をうつのも息をつぐのも止めてしまえば心地好くいられるのだろうか。

「犬、」
「うん」

息をつぐのも、考えるのも、いずれぽつりと一つの処に落ちてしまう。


「…かなしいな」
「柿ピ、」
「……さびしい」


だって俺たちは此処にいるのに。ちゃんといるのに。

(あの人は、)
(あの人はこんな風にしか呼んでくれない)

貴方の思うように動いてみせる。貴方の望むところを成してみせる。そう貴方が 痛ましい魔弾でその身を心を削る必要は、

ただ、

「呼んで、ほしいな…」

名前を、呼んでくれたら。
貴方の静かなよく透るその声で俺たちの名前を呼んで下さい。それだけで俺たち は救われる。増える傷も流された血もみんな報われる。
だから、引金を引かずに声を上げて下さい。

(骸さま)


「柿ピー」
「何…っ?」

ベッドに痛む体を強く押し付けられる。勢いのまま口付けられ頭が思考すること を放棄する。
ただ乱暴なキスの中に彼の、どうしようもなく無器用な情を見付けてしまうから 、この傷んだ心は慰められもし、またかなしくもなる。

「っ、犬、いたい…」
「うん」

深くも浅くもないキスの合間に歯を立てられ、慣れた血の味が舌にじんわり染み る。合わせた唇がぬめる。

「でもさ、一つくらいいーじゃん?」
「何が」


「オレが付けた傷、付けてても」


「……っ」

大きくて鋭い目が触れるほど近くで自分だけを映す。この言い知れぬ甘い瞬間が 、近頃の千種を悩ませる。
骸に射抜かれた時とはまた違う甘さが、いつからかとても強くなっている。

「…うまそ」
「その感覚、分かんない」
「いーの分かんなくて」
「あ、そ」

舌なめずりして笑う犬は凶悪だと思う。

(食われそう)

君の傷から染みる血で癒される傷があるだなんて、君は知ってた?

(お互い様、)
(か?)

戯れに繰り返す口付けでこぼれる血もまた報われる。大丈夫です。俺たちは大丈 夫です。だから、

(呼んで下さい)
(俺たちを)

結局俺たちがこんなその場しのぎのでなくほんとうに救われるのは、貴方が俺た ちに気付いてくれる時なんです。



この血は報われると信じている。








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2007.7.26. 秋津 ねね

骸柿ではなく犬柿だと言い張る。