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※禁 無断転載、二次配布
‖ 虚をみたす ‖
並盛中学応接室。
夕闇がじわじわとこの部屋にも染みてきていた。
「…そのまま帰ってくれる?」
「まだノックもしてませんよ」
扉の向こうから苦笑まじりの返事がある。先手を打ち損じた雲雀がため息をつく
と同時に、もう見慣れてしまった顔――六道骸が入室する。
「おや雲雀さん、珍しい」
雲雀の姿を見た骸が仰々しく呟く。
と言うのもその時雲雀はネクタイを緩めシャツのボタンも2つ3つ開けていて、よ
くよく見れば袖口も閉じてはいないという本来風紀委員としてはありえない砕け
た格好をしていたのだ。
いくら時間が遅いとはいえ、普段の彼には考えられない。
「仕方ないでしょ」
「どうかしたんですか?」
「…昼に獄寺が来てね。服も髪も煙草臭くてたまらない」
はたはたとシャツを扇ぎながら雲雀は心底嫌そうに顔をしかめる。骸は小さく笑
いながらも、『来た』くらいで匂いが移る程に獄寺は煙たいだろうかと内心首を
傾げた。
が、彼が雲雀に手を出すとは到底考えられないので――この雲雀を襲えるなら千
種との仲はもっと早く進展する――その疑問は自然消滅した。
「あー…確かに。しっかり移ってますね、煙草」
「だからアイツ嫌なのに…って君、近い。離れて鬱陶しい」
「厳しいですねぇ」
言いながら骸は一向に雲雀の肩口から顔を上げず、何かを考え込んでいる。首に
かかる微かな息がくすぐったくて、雲雀は顔を背けた。
「…ヤだなぁこれ」
「は?」
「いえ分かってるんですけど実際こうあからさまに匂うとやっぱりちょっと…」
「だから何」
「ね、雲雀さんも煙草嫌なんですよね?」
「そう言ってるじゃない」
「結構。クフ」
至近距離で目を合わせて笑う骸のその様子に不穏なものを感じ、とっさに離れよ
うと雲雀が身構えるも遅かった。
「うわッッ」
霧吹をかけられたと思ったが、瞬間むせ返るような香りが強引に雲雀を襲った。
鼻腔から頭の中まで一気に侵入してくるそれに軽く眩暈をおぼえる。
雲雀がキッと見遣れば、骸はその手に不思議なデザインの丸いガラス瓶を持って
いる。
「アッハハ!」
「な…ッにコレ!!」
「僕の香水」
「馬鹿!!?」
「良かったですね〜煙草消えて」
にっこり笑って骸が告げると、目付きは剣呑なままだが一応攻撃は止んだ。彼の
言葉に納得したのかそれとも諦めたのか――おそらく後者だ――骸を一際強く睨
め上げたあと恐る恐るという風にシャツに顔を寄せその香りを確認する。
「キツ…。頭痛くなりそう」
「でもこれ嫌いじゃないでしょう?」
「香りはね。でもこんなキツイと嫌だよ」
雲雀はぶつぶつと文句を言いながらもそこでおとなしくなった。しかしふと何か
に気付いたようにいきなり扇ぐ動きを止めた。
「ねぇ君、これいっつも付けてる?」
「え?付けてますよ、少しですけど」
雲雀の関心が逸れたお陰で、骸がちゃっかり隣に腰かけたことは咎められなかっ
た。この妙に抜けたというか無防備なところが骸を擽るのだ。
「だからか…」
「何がです?」
「君が近くにいると分かるじゃない。見えてなくても。それっていつも何か、こ
う、匂うからなんだよね…そうそうこれだよ」
「…へえ」
「何その笑い方」
嫌な感じ、とすねた顔をするのが骸にはどうにも可愛くてつい噴き出してしまう
。
「ちょっと。何さっきから」
「いえね、そんな、遠くからでも匂うほど付けてませんよ?少なくともここの扉
を挟んでは分からないかと」
「……でも、匂う」
「クフフ、不思議ですね?」
ふん、と鼻を鳴らして雲雀がソファから立ち上がる。
会話を切るのは大抵雲雀だったが、骸はいつもそれすら睦言のように笑う。
「お帰りですか?僕いま来たところなのに」
「知らないよ。妙な匂いばっかりで気分悪いから早く帰ってシャワー浴びたいん
だ」
「おや、シャワーでその香水は落ちませんよ?」
「落とす。じゃあね」
頬杖をつきどこか挑発的に笑う骸を置き去りに雲雀は応接室を出ようとする。背
中に蛇のように絡みつく視線を感じながらも扉に手をかける。
「雲雀さん、」
「何」
首を捻って骸の方を見る。
失敗だった。
目が、合ってしまった。
「落ちませんよ」
***
深くベッドに沈む。
(最、悪)
頭がくらくらする。酔うというのはこういう心地だろうか。
(ほんとに取れない)
(この匂い)
胸焼けを起こすくらい強烈に、その香りは雲雀にまとわりついて離れない。まる
でこのからだの内に一分の隙なく充満してそれが皮膚から染みだしてくるかのよ
うだ。
何とか感覚を誤魔化そうと羽根布団を体に巻き付けきつく目を閉じる。しかしこ
れも逆効果で、気が付けば骸に抱き竦められているような錯覚に陥ってしまう
。
腕が絡んできて
唇が触れてきて
香りが思考を滲ませて
(――寝れない)
君に溺れて眠る夜。
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香水はしばらく落ちないorz っつか骸さん普通に笑っちゃった(驚愕
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