He said me it in a caressing voice.
"I wanna break to pieces you..."
it was silent,
‖ Hide and Seek ‖
珍しいことだった。 日番谷自身がこれほど驚いたのだから、それは間違いない。 自分が先に目覚めたのだ。 目覚めたと云っても、空はまだ昏い。朝日は幽かに滲んでいるだけだ。 それも気の所為かも知れないが。
すぐ隣で眠っている市丸を見遣る。 自分がこんな風に市丸を見たのは、初めてだ。 呼吸が浅い。 白い肌は夜を映して寧ろ青白い。 これでは死んだように眠っているのか、眠ったように死んでいるのか判らない。 ふいに、得体の知れぬ寒気に襲われる。 布団にもぐっても、それは肌から離れてはくれない。 わかってはいるけれど、それでも縋らずにはおれない。
すうと、鼻腔に忍び込んでくる市丸の匂い。 突然、彼の指を感じた気がした。 眉を顰めた。幻覚だ。下らない。 しかし幻にしろ、それはその感触をひどく生々しく思い出させる。
「……。」
唇。頬。耳朶。首筋。 市丸が触れた箇所を、人差し指でつうとなぞる。
「――ッ、」
また思い出しそうになり、動きを止める。
体がだるい。 頭は熱の余韻に甘んじている。使い物にならない。
市丸の寝顔を見て、ぼうとしていた。
「う……。」 市丸が小さく唸って身動ぎした。自分は見ていた。 見ていたのだが、その声ともつかぬ声は日番谷に何かを思わせた。
――何て、言ったんだ?
何かを言われた。この耳元で、確かに囁いた。 一体何だったか。 あの時の自分は、そんな言葉の意味まで認識できるほどまともな状態ではなかった。 責めたてる熱に浮かされ、自分の全てはこの男に委ねられ、呑まれていた。
些細なことが気になり、どうしても思い出したくなった。 音は、響きは覚えている。言葉が判らない。 霞がかかったように有耶無耶になっている。 他の情報を排除したくて目を閉じた。 すると、さあと霞が晴れていくようだった。
――甘い、 ――違う。いや、そうかも知れない。どちらでも良い。 ――甘い、 ――甘さを感じる声音。どちらかというと、 ――そうだ、撫でるような声。 ――――。
――ああ、そうか。
それまで、まるで異国の言葉という印象だったそれは、 ゆっくりと日番谷の知る言葉に姿を変えていった。 愛撫するような優しい声で、彼は言ったのだ。
『ばらばらにしてまいたいなァ……君を。』
特に何も思わなかった。 ”ふざけるな”とも、”どういう意味だ”とも。 只、そうか、と思ったのだ。
自分は市丸に真直ぐな愛情など求めてはいない。 奴が自分に向ける愛情は恐ろしいほど純粋で、しかしそれゆえ何処かでひどく屈折し、捩れ、歪みを孕むものだ。 でも、それでいい。 そんなものを、何より愛しく思ってしまう自分もまた、屈折した人間――人間と云っても良いものか――なのだろうから。 だから、拒めない。 どうしようもない。
今の日番谷には、市丸の言葉は麻薬だ。 市丸の手で、指で、ばらばらに壊されて、 彼の人の思うまま囚われて。そして、
そして―――
酷い誘惑だった。ぞくりと震えを覚える程に。
欠伸がでた。 噛み殺すと涙が出た。 視界が揺らぐ。 暗転する。 暗闇の中で、自分は市丸のことしか考えていないようだった。 意識が睡魔の波に攫われていく。 次に目を覚ましたら、市丸ももう起きているだろう。 あの言葉もこの感情も、すぐに彼方へと去る。 それでいい。
空が白みはじめた。 月は雲を連れ消えていくだろう。 太陽は世界を照らし出すだろう。 交わることは永久にない。
そして――
譬えばお前に殺され死んだとて、 いつまでも、そういつまでも抗ってやるよ。
夜が明けるまで、今少し。
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